2000年10月3日 東京読売朝刊

介護保険半年 サービスの質なお課題
◆全国訪問事業者アンケート

 介護保険制度が始まって半年。訪問介護事業者を対象とした読売新聞社のアンケート調査では、大半の事業者が制度を全体的に評価しているものの、サービスの質が向上したかどうか、利用者が自由にサービスを選択できるかどうかについては、疑問視する事業者が多かった。高齢者介護の最前線に立つ事業者の回答からは、制度を今後どう改善すべきなのか、さまざまな課題が浮かび上がってきた。(針原 陽子、小山 孝)

◆制度の評価 山村・過疎地選択肢不足

 介護保険制度について、全体として評価しているかどうかを聞いたところ、「評価している」が「大いに」「多少は」を合わせて69%で、「評価していない」28%の2倍以上にのぼった。読売新聞社が9月に実施した全国世論調査で、「評価している」と「評価していない」の割合がほぼ同水準だったのと比較すると、制度全体については肯定的な見方が強い。

 だが、事業者がさまざまな問題点を実感していることも事実だ。

 介護保険制度は、家族の負担を減らすことが、導入の大きな目的だった。だが、実際に負担が軽くなったと思うかについては、「そう思う」40%が最も多かったものの、「どちらとも言えない」、「そうは思わない」もそれぞれ34%、25%で、見方が分かれた。

 「そうは思わない」の理由では、「費用の1割を利用者が負担するので、本当に受けたいサービスも我慢して、家の人が無理をしてやっているケースが少なくない」(東京都内の会社)などの指摘があった。介護サービスの利用は、厚生省が予想したほどには広がっていないと見られており、家族の負担がまだ十分に軽減されていない例が目立つようだ。

 一方、介護サービスの質が制度導入前より良くなったか――では、「そうは思わない」32%が、「そう思う」27%を上回った。

 そう思わない理由については、「知識や経験が足りず、常識を知らない“ペーパーヘルパー”が多い」(和歌山県の会社)などと、制度導入に合わせて急いで養成されたヘルパーの技量不足を指摘する事業者が目立った。

 また、ヘルパーの介護報酬が低く、人材を集めにくいという回答も多かった。介護保険の導入には、事業者同士の競争でサービスの質を高める目的もあったが、必ずしもうまくいっていないようだ。

 また、利用者がサービスの種類や事業者を自由に選択できるかについても、「そうは思わない」が48%と、「そう思う」22%の2倍以上だった。「都市部なら選択できるかもしれないが、山村や過疎地では、十分なサービスが受けられない所もある」(広島県の会社)という回答もあった。

◆利用者の苦情 「手続き面倒」50%

 訪問介護事業者には、高齢者や家族から、どんな不満や苦情が寄せられているのだろうか。回答で最も多かったのは、「手続きが面倒」50%だった。

 長野県の社会福祉法人は「契約書の内容や書式が複雑で、わけもわからず判を押す高齢者も多いと思う。もっと簡略化する必要がある」と注文している。

 次いで多かったのが、「訪問介護の区分がわかりにくい」44%。ホームヘルパーの介護には「身体介護」「家事援助」「複合型」の3つの区分があり、それぞれ事業者への報酬額が異なるが、内容の違いが利用者にわかりにくい。事業者からは「区分がケアマネジャーの裁量に任されている。厚生省が具体例をもっとたくさん示してほしい」(北海道の会社)などの要望が強かった。

 このほか、「希望するヘルパーが来てくれない」30%、「利用したいサービスが受けられない」24%などの不満や苦情も多い。

◆要介護認定 「問題あり」約8割

 介護サービスの前提となる利用者の要介護認定が適切に行われているかどうかを聞いたところ、「適切に行われている」という回答は12%にとどまり、約8割の事業者が何らかの具体的な問題点を指摘した。特に、「同じような身体の状態でも要介護度にばらつきがある」を67%が挙げた。

 事業者の自由回答で最も目立ったのは、痴ほうの認定をめぐる問題。「痴ほうの人の要介護度は全体に1ランクほど低過ぎる」(長野県の生協)、「市町村には痴ほうが把握できる調査員がいないのでは、と思うほど認定が低い」(宮城県の社会福祉法人)などの意見があった。

 また、神奈川県の生協は「家族に頼りがちな人より、頑張って何でも自分でやろうと努力する人のほうが低く判定される」と指摘。認定の際に介護してくれる家族の有無を考慮すべきだという意見もあった。

◆1割負担 低所得者には重すぎる

 利用者の自己負担がサービス費用の1割という水準については、「ちょうどよい」64%が、「高い」23%、「安い」9%を大きく上回った。

 だが、所得が低い利用者にとっては、負担が重すぎるという指摘も目立った。

 奈良県の医療法人は、「10月から徴収が始まる65歳以上の保険料を支払うために、ヘルパー派遣の利用をやめる人が出てきた」と回答した。また、介護保険の導入前からホームヘルパーを利用していた低所得者については、4月から3年間は自己負担が3%に軽減されているが、愛媛県の社会福祉法人は、その適用を受けている高齢者でさえ、利用回数を減らしていると指摘した。

 「収入の少ない人は減免し、国の支出増で穴埋めすべきだ」「所得に応じて、負担割合を何段階かに分けてはどうか」などの意見も目立った。

 臨機応変に  制度見直し必要

  市民団体「湘南ふくしネットワーク」のオンブズマン・矢野舜一さん

 介護保険が始まり、在宅介護を中心にさまざまな事業者が新規参入したことで、利用者がサービスを選べるようになった。事業者同士の競争が進めば、サービスの手抜きが減るなどの効果が出てくるだろう。

 だが、サービスの利用が思ったより広がらず、急造で質の低いヘルパーもいる。施設介護でも、特別養護老人ホームが減収を補うため、正職員を減らして非常勤に置き換えるなど、サービスがじわじわと低下している例が目につく。

 今回の調査で、介護サービスの質が制度導入前より良くなったと「思わない」という回答が「思う」を上回ったのは、こうした実態を事業者も認めているためだ。利用者がサービスの種類や事業者を自由に選択できていると「思わない」という回答が半数近くにのぼったのも、特別養護老人ホームへの入所待ちが2、3年はざらという現状を見れば当然だと思う。

 せっかくの制度をもっと生かすために、厚生省はケアマネジャーやヘルパーなどの生の声をもっとよく聞き、臨機応変に制度を見直すべきだ。

 家事援助の  報酬引き上げを

  日本社会福祉士会常任理事・鈴木幸雄さん

 事業者の介護保険への評価が高いのは、行政主導だった措置時代に比べて、専門職としての判断でより適切なサービスが提供できるようになったからだろう。民間参入が認められたメリットも大きい。

 応分の負担をする一方で、必要なサービスを権利として選べるようになったのは、利用者にとっても良かったと思う。

 ただ、改めるべき点は多い。まず、介護報酬には問題が多く、見直しを求める声が多数なのは当然だ。特に家事援助は、ニーズを把握して適切に行うには高い専門性が要求されるので、報酬を引き上げるべきだ。

 「不適切な」サービスを要求された事業者が8割という結果には驚いたが、一人暮らしや高齢世帯のお年寄りには、介護予防としての家事援助が欠かせない。すべきでないことを明確にしたうえで、報酬を身体介護並みに引き上げるなどして、必要なサービスを適切に提供できるようにすることが望ましい。

 今回の調査結果には、介護保険の問題点が凝縮されている。使いやすく役立つ利用者本位の制度にするためにも、介護現場の声を反映した改善策を検討してほしい。

2000年10月3日 東京読売朝刊


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