○施設単独型 お酒の要望実現
大阪府門真市の特別養護老人ホーム、ナーシングホーム智鳥(ちどり)。「相談員」の名札を付けた田村満子さんら2人が居室を回る。智鳥が1年4カ月前、独自に設けたオンブズマンで、月一回の訪問だ。
夕方、高齢者がホールのテレビを囲んでいる。そばにしゃがみ込み、「こんにちは」「きょうは顔色いいね」。雑談の合間に、食事の量やお酒などの要望が出てくる。
この施設も高齢化が進み、痴ほう症が多い。様子や部屋の状況から暮らしの改善点・サービス内容を提言することが最近増えた。
智鳥のオンブズマンは4人。弁護士、家族の会メンバー、介護福祉士、裁判所調停員。プロの目と利用者の目、それぞれで見て、施設側にすぐ伝えることと見守ることを決める。1台しかなかった公衆電話が、居室そばにも増やされた。お酒の希望には、居酒屋ツアーも始まった。施設長の浜田和則さんは「第三者の目が入ると刺激になる」。
ただ、施設が設ける単独型のオンブズマンは、苦情・要望・提案に対処するかどうかはすべて施設に任される。
○地域ネット型 24施設結ぶ15人
その限界を乗り越えるため、地域の複数施設がネットワークを作り、オンブズマンを設ける動きが広がっている。その権限も施設側の責務も、契約で決める。草分けは神奈川県に3年前できた「湘南ふくしネットワーク」。8施設、オンブズマン6人で始め、いま24施設、15人。
施設の一つ、茅ケ崎市の特養カトレアホームでは、オンブズマンの訪問日は応接室が面談場所になる。話したい高齢者が1人ずつ入り、2、30分話す。
回を重ねると大半は雑談だが、この日も「お話ボランティアの回数を増やしてはどうか」と、サービス充実につながる話が出た。
オンブズマンの矢野舜一さんは「施設に所属していないので、遠慮なく言える」と話し、代表の上田晴男さんは「ネット内で職員研修会も開く。互いの施設がどうやっているか知れば意識改革にもなる」とネットの利点を指摘する。
参加施設が増えるにつれ、オンブズマン確保が課題になっている。
今年度は、市民をオンブズマンにするための養成マニュアル作りと、施設となれ合う懸念をなくすための非営利組織(NPO)化が目標だ。
○市民NPO型 5年で500人養成
それなら最初からNPOでやろうと、養成講座を開いて市民をボランティアオンブズマンに育て、希望するすべての施設に派遣する事業も始まった。
今年できた「介護保険市民オンブズマン機構・大阪」。大阪府内の高齢者施設を対象に、5年間で500人のオンブズマンを育てる計画だ。まだ要項はなく手探りが続くが、注目度は高い。今月、4日間25時間のプレ養成講座を大阪で開いた。北海道から九州まで、市民オンブズマンに関心を持つ自治体職員ら22人が参加した。
運営委員の大谷強・関西学院大学教授は「利用者が声を出しやすい環境づくりを目指したい」と話し、市民感覚による施設への「苦情・相談の橋渡し役」を任じる。
ただ、高齢者や現場への深い理解がないと適切な橋渡し役は難しい。講義は「高齢者の特性」から「施設の実態」「調整のこつ」まで多岐にわたった。
6月から本格的にオンブズマンを養成する。講座一期生65人の枠に、約250人の応募があった。
◇善意・素手では限界
斉藤弥生・大阪大助教授の話 スウェーデンでは、「代理する人」を意味するオンブズマンは、権利侵害を受けた人の立場を代弁する公的機関だ。調査・勧告権とスタッフ、予算を持つ。人々の権利擁護の仕組みには、行政によるサービス評価、不服申し立て、当事者の審議会への参加などがある。オンブズマンは象徴的ではあるが、その一つだ。
日本では権利擁護の仕組みが不十分なのを補うため、市民や事業者らが手作りで活動を始め、「オンブズマン」と名乗った。どの部分を補うかで監視、苦情処理など役割は異なる。私が国内で施設単独型のオンブズマンを半年体験したときも、大小あらゆる問題が持ち込まれ、善意や素手で向かうには限界を感じた。
今後、市民ボランティアの役割が大きくなるだろう。しっかり知的防備して、自分ができることと行政に任せることを区分けすることが大切だ。